『ふつつかな悪女ではございますが ~雛宮蝶鼠とりかえ伝~』を第1巻から第8巻まで読むと、物語の大きな区切りを二つ味わえます。
ひとつは、黄玲琳と朱慧月の身体が入れ替わる第一幕。
もうひとつは、朱家の南領を舞台にした第二幕「はじめての外遊編」です。
第1巻から第4巻では、雛宮で起きた入れ替わり事件、玲琳にかけられた冤罪、朱貴妃の呪い、皇后の病、そして玲琳と慧月の関係の変化が描かれます。
第5巻から第8巻では、舞台が後宮の外へ広がり、南領での豊穣祭、誘拐、邑での強制労働、痢病、茶会での情報戦、そして第二幕の決着へ進みます。
つまり第1〜8巻は、ただの序盤まとめではありません。
玲琳と慧月が「入れ替わった二人」から、「互いの痛みを知った二人」へ変わっていく過程を、かなりまとまった形で読める範囲です。
この記事では、2026年7月4日時点で確認できる公式・正規販売ページの情報をもとに、『ふつつかな悪女ではございますが』コミック第1〜8巻の内容、巻ごとの流れ、第8巻の特装版、アニメ前に読むおすすめ範囲まで整理します。
『ふつつかな悪女ではございますが』第1〜8巻はどこまで読める?
『ふつつかな悪女ではございますが』コミック第1〜8巻で読める範囲は、第一幕の入れ替わり事件から、第二幕「はじめての外遊編」の決着までです。
第1巻から第4巻は、雛宮で起きた入れ替わり事件を中心に進みます。
黄家の雛女・玲琳は、「殿下の胡蝶」と呼ばれるほど愛される少女です。けれど乞巧節の夜、悪女と呼ばれ嫌われていた朱家の雛女・慧月の手により、互いの身体を入れ替えられてしまいます。
TVアニメ公式サイトのあらすじでも、玲琳は処刑目前の危機に置かれながら、幼いころから病弱だったため、健康な身体を得たことをむしろ喜ぶ人物として紹介されています。
この設定だけを聞くと、悪女と聖女の逆転劇に見えるかもしれません。
でも第1〜8巻まで読むと、物語の芯はもっと静かで深いところにあると分かります。
これは、身体が入れ替わる物語でありながら、本当は「相手が世界からどう見られてきたか」を引き受ける物語なのです。
小説版と漫画版の読む順番を先に整理したい方は、関連記事「『ふつつかな悪女ではございますが』書籍版の読む順番は?漫画・小説の違いも紹介」も参考になります。漫画版・小説版の違いや、アニメ前に読むおすすめ範囲を整理しています。
まず全体像を表にすると、次のようになります。
| 巻数 | 大きな区切り | 主な内容 | 読む前のポイント |
|---|---|---|---|
| 第1〜4巻 | 第一幕 | 入れ替わり事件、冤罪、朱貴妃の呪い、皇后の病、第一幕の決着 | 玲琳と慧月の関係が大きく変わる |
| 第5〜8巻 | 第二幕「はじめての外遊編」 | 南領外遊、豊穣祭、誘拐、邑、痢病、茶会、第二幕の決着 | 物語の舞台が後宮の外へ広がる |
| 第8巻 | 第二幕完結+第三幕序章 | 豊穣祭の反撃、第二幕決着、書き下ろしSS、第三幕へつながる序章 | 第1〜8巻の大きな到達点になる |
第1〜4巻の問いは、「あなたは本当は誰なのか」。
第5〜8巻の問いは、「あなたは誰として、誰のために生きるのか」。
同じ入れ替わりを扱いながら、前半と後半では物語の射程が変わっています。
前半は、身体と名誉の物語。
後半は、領地、民、祭り、噂、病を含んだ社会の物語。
この広がりこそ、第1〜8巻をまとめて読む価値だと私は感じます。
第1巻から第4巻は第一幕のどこまで?入れ替わり事件と呪いの決着
第1巻から第4巻は、第一幕の大きな区切りです。
第1巻では、五つの名家の姫君が集められた雛宮を舞台に、黄玲琳と朱慧月の身体が入れ替わる事件が起きます。
玲琳は本来、黄家の雛女として美貌と才知を備え、皇太子・詠尭明からも大切にされる存在です。
一方の慧月は、朱家の雛女でありながら宮中で嫌われ、「悪女」と見なされています。
乞巧節の夜、慧月の術によって二人の身体は入れ替わります。
玲琳は慧月の身体に入ったまま、自分自身を害した罪に問われ、命の危機に置かれます。
普通なら、ここは悲劇の入口です。
しかし玲琳は、病弱だった自分の身体から解放され、健康な身体で動けることを喜んでしまう。
この反応こそ、第1巻の最大の衝撃です。
玲琳の明るさは、単なるポジティブ思考ではありません。
死の近くにいた人だけが知っている、「身体が動く」という奇跡への感謝です。
第2巻では、莉莉を脅迫した相手として金家の女官・雅容の存在が浮かびます。
玲琳は豊穣の舞を披露する中元節の儀で、金家の雛女・金清佳に直接向き合おうとします。
ここで見えてくるのは、雛宮がただ美しい少女たちの集う場所ではないということです。
名家の思惑。
女官たちの利害。
噂、嫉妬、忠誠。
そのすべてが、静かな香のように宮中へ漂っています。
第3巻では、黄家の女官・冬雪が入れ替わりに気づき、物語は真実の扱い方へ進みます。
真実を明かせば、玲琳は救われるかもしれません。
けれど、この作品は「正体を証明して終わり」という単純な構造にはしません。
玲琳が見ているのは、自分だけの名誉回復ではなく、慧月がなぜそこまで追い詰められたのかという心の奥です。
第4巻では、皇后が病に倒れ、その原因が朱貴妃の呪いに関わるものだと分かっていきます。
玲琳と慧月は入れ替わりを解消するため、蔵へ戻り、呪いと向き合います。
第4巻の作品紹介でも、皇后の病、朱貴妃の呪い、入れ替わり解消のために蔵へ戻る展開、そして「第一幕終結の第4巻」と案内されています。
第一幕で重要なのは、慧月がただの悪役として閉じられないことです。
彼女がしたことは、もちろん軽くありません。
玲琳の身体を奪い、玲琳に罪を着せ、命まで危うくした。
それでも物語は、慧月の嫉妬を「悪い心」として処理するだけで終わらせません。
なぜ彼女は玲琳を憎んだのか。
なぜ自分ではない誰かになりたかったのか。
その問いが、第1〜4巻をただの入れ替わり事件ではなく、痛みの物語へ変えています。

第5巻から第8巻は外遊編?第二幕「はじめての外遊編」の流れ
第5巻から第8巻は、第二幕「はじめての外遊編」です。
第5巻では、乞巧節の事件解決後、朱貴妃が後宮を去り、慧月は朱駒宮を盛り立てるために雛女として奮闘します。
玲琳は友人として慧月を支えます。
そんな中、はじめての外遊先となる豊穣祭の開催地が、朱家の治める南領に決まります。
第5巻の作品紹介でも、朱貴妃が後宮を去った後の慧月、玲琳の支え、南領での豊穣祭、新たな事件と入れ替わりが、第二幕の始動として説明されています。
この「後宮の外へ出る」ことが、第二幕の大きな意味です。
第一幕では、玲琳と慧月が互いの身体と立場を知る物語でした。
第二幕では、その二人が、家、領地、民、祭り、疫病、噂という、より広い社会の中で試されます。
第6巻では、慧月の代わりに誘拐された玲琳が、長兄・景行とともに邑での強制労働に向き合います。
さらに、鷲官長・辰宇が玲琳たちを追って邑に現れ、邑の事情や雲嵐の思いも明らかになっていきます。
第6巻の作品紹介でも、玲琳の誘拐、景行との強制労働、辰宇の登場、邑の事情、雲嵐の内に秘めた思いが描かれると案内されています。
普通なら、誘拐と強制労働は悲惨な展開です。
けれど玲琳は、ここでも苦境の中に「動ける身体」「働ける喜び」を見つけてしまう。
その姿は痛快で、少し怖いほどまぶしい。
玲琳という人は、逆境を否定していないのではありません。
逆境の中にあっても、自分がまだ生きていることを数えられる人なのです。
第7巻では、邑に痢病が発生します。
玲琳たちは被害を抑えるために看病を続け、雲嵐は薬を得ようと山へ向かいます。
一方、慧月は玲琳不在の茶会で、自分にかけられた悪評を晴らすため、雛女たちとの情報戦に臨みます。
一迅社WEBの第7巻書籍情報でも、痢病、薬を得ようとする雲嵐、慧月の茶会での情報戦、事件の黒幕が明らかになる展開が示されています。
第7巻の面白さは、玲琳と慧月が別々の場所で戦っている点にあります。
玲琳は病と生活の現場で、人の命に向き合う。
慧月は茶会という社交の場で、噂と視線に向き合う。
戦っている場所は違っても、二人がしていることは同じです。
自分に向けられたまなざしから逃げず、それを変えようとしているのです。
第8巻では、尭明の優しさと慧月のまっすぐな言葉によって玲琳が元気を取り戻し、雲嵐も回復へ向かいます。
玲琳たちは豊穣祭を邑で敢行すると決め、準備を整えて反撃を始めます。
そして第二幕「はじめての外遊編」は、ここで決着します。
第8巻の作品紹介でも、尭明、慧月、雲嵐、豊穣祭、反撃開始、第二幕決着、巻末の書き下ろしSS、第三幕への序章が案内されています。
第二幕の決着が胸に残るのは、敵を倒すからだけではありません。
祭りを奪われかけた人々が、自分たちの手で祭りを取り戻そうとするからです。
祭りとは、共同体が「ここで生きている」と確かめ合う場です。
だから豊穣祭の結末は、玲琳たちの勝利であると同時に、邑の人々が自分たちの物語を取り戻す瞬間でもあります。
第1〜8巻の巻数別あらすじ早見表
『ふつつかな悪女ではございますが』第1〜8巻は、巻ごとの役割を押さえると流れが見えやすくなります。
初読の人は、以下を「読む前の地図」として確認しておくと、どこで物語が切り替わるのか分かりやすいはずです。
| 巻数 | 主な内容 | 読む前の注目ポイント |
|---|---|---|
| 第1巻 | 玲琳と慧月の身体が入れ替わり、玲琳が処刑目前に追い込まれる | 玲琳の鋼メンタルが作品の第一印象を決める |
| 第2巻 | 莉莉の脅迫、金家の女官・雅容、中元節の儀へ進む | 雛宮内の家同士の思惑が見え始める |
| 第3巻 | 冬雪が入れ替わりに気づき、慧月も呪いの可能性へ近づく | 真実をどう扱うかが玲琳らしさを際立たせる |
| 第4巻 | 皇后の病、朱貴妃の呪い、第一幕の大きな決着 | 玲琳と慧月の関係が一段深く変化する |
| 第5巻 | 朱家の南領での豊穣祭へ向かい、第二幕が始まる | 物語の舞台が後宮の外へ広がる |
| 第6巻 | 玲琳が誘拐され、景行とともに邑で強制労働へ | 玲琳の生命力と邑の事情が重なる |
| 第7巻 | 邑で痢病が発生し、慧月は茶会で悪評と戦う | 玲琳と慧月が別々の場で成長する |
| 第8巻 | 豊穣祭を邑で敢行し、第二幕が決着する | 外遊編の反撃と第三幕への入口が描かれる |
要点を短くまとめると、次の通りです。
- 第1〜4巻=第一幕。入れ替わり事件と呪いの決着
- 第5〜8巻=第二幕。南領外遊編と豊穣祭の決着
- 第8巻=第二幕完結+第三幕への序章
- 初読なら第1巻から順番に読むのが最も自然
この整理だけでも、第1〜8巻の意味はかなりはっきりします。
第1巻から第4巻では、玲琳と慧月の入れ替わりが、個人の痛みとして描かれます。
第5巻から第8巻では、その痛みが後宮の外へ広がり、領地や民の問題と重なります。
物語の射程が、個人から関係へ。
関係から社会へ。
そして社会から、もう一度個人の心へ戻ってくる。
この往復運動こそ、『ふつつかな悪女ではございますが』第1〜8巻のいちばん豊かな読みどころです。
第8巻で第二幕は完結する?特装版・書き下ろしSS・第三幕序章も確認
第8巻で、第二幕「はじめての外遊編」は決着します。
第8巻の作品紹介では、「第二幕『はじめての外遊編』ついに決着」と案内され、巻末には中村颯希先生の書き下ろしSSと、第三幕へつながる序章も収録されると説明されています。
また、コミックナタリーでは、第8巻について第二幕の決着が描かれること、巻末に中村颯希先生の書き下ろしSSと第三幕へつながる序章が収録されること、特装版が同時発売されたことが紹介されています。
一迅社Comic ZERO-SUM編集部の告知でも、コミックス第8巻は通常版と特装版が2025年2月28日に発売され、通常版・特装版ともに電子版も同時発売と案内されています。
特装版には小冊子が付き、尾羊英先生の描き下ろし漫画と、初公開「四十話」のネームに中村颯希先生のコメントが入った内容が収録されると説明されています。
第8巻の続きにあたる第三幕の展開を知りたい方は、関連記事「『ふつつかな悪女ではございますが』9巻はどこまで?展開と注目ポイントを解説」もあわせてご覧ください。第9巻で描かれる鑽仰礼の始まりや、玲琳と慧月の関係がどう進むのかを整理しています。
ただし、特典、価格、在庫、キャンペーン、配信状況はストアや時期によって変わります。
購入前には、利用する電子書籍ストアや出版社の公式情報で最新内容を確認してください。
ここで大切なのは、特装版の有無よりも、第8巻が物語上の“切れ目”として非常に分かりやすいことです。
第8巻まで読めば、第一幕の入れ替わり事件と、第二幕の外遊編をひとつの流れとして受け止められます。
アニメ前に原作コミックを追いたい人、どこまで買えば山場に届くか知りたい人にとって、第8巻はかなり目安にしやすい巻です。

アニメ前に何巻まで読むべき?第1〜8巻が予習に向く理由
アニメ前にコミックを読むなら、まず第1巻から第4巻まで読むと作品の核が分かります。
さらに余裕があるなら、第8巻まで読むことで、玲琳と慧月の関係が後宮の外でどう試されるかまで追えます。
TVアニメ『ふつつかな悪女ではございますが ~雛宮蝶鼠とりかえ伝~』公式サイトでは、2026年7月12日(日)23時45分よりテレ東系列で放送と案内されています。
アニメの放送日や配信サービスを詳しく確認したい方は、関連記事「『ふつつかな悪女ではございますが』アニメ化はいつ?放送・配信の最新情報まとめ」も参考になります。放送局、配信開始日、無料見逃し配信、キャスト、主題歌まで公式情報をもとに整理しています。
公式サイトでは、原作は中村颯希さん、キャラクター原案はゆき哉さんと尾羊英さん、監督は山﨑みつえさん、シリーズ構成は中村能子さん、キャラクターデザインは菊池愛さん、アニメーション制作は動画工房とされています。
キャストは、黄玲琳役に石見舞菜香さん、朱慧月役に川井田夏海さん、詠尭明役に古川慎さん、辰宇役に梅原裕一郎さん、莉莉役に菱川花菜さん。
さらに、黄冬雪役にニケライ ファラナーゼさん、黄絹秀役に五十嵐麗さん、朱雅媚役に茅野愛衣さん、金清佳役に中原麻衣さん、藍芳春役に水瀬いのりさん、玄歌吹役に石川由依さんも発表されています。
音楽は、オープニングテーマがmiletさんの「Sunny」、エンディングテーマがロクデナシ「ホウキボシ」で、Eveさんが作詞・作曲と案内されています。
現時点で、アニメがコミックのどこまでを描くかは断定できません。
ただし物語の構造上、第4巻の第一幕終結、または第8巻の第二幕決着は、読者が区切りとして意識しやすい地点です。
アニメ前の予習としては、次のように考えると分かりやすいでしょう。
| 読み方 | おすすめ範囲 | 向いている人 |
|---|---|---|
| 最低限の予習 | 第1巻 | 入れ替わりの導入と玲琳の魅力だけ先に知りたい人 |
| 作品の核を押さえる | 第1〜4巻 | 第一幕の決着まで読んで、玲琳と慧月の関係を理解したい人 |
| 深めの予習 | 第1〜8巻 | 第二幕の外遊編まで読み、物語の広がりを味わいたい人 |
| 続きも追いたい | 第9巻以降 | 第三幕「鑽仰礼」以降の展開も知りたい人 |
アニメ化で大事なのは、「何巻まで進むか」だけではありません。
むしろ、「どの感情を軸に映像化するか」です。
『ふつつかな悪女ではございますが』の場合、その軸は、玲琳の異様なほど明るい生存感覚と、慧月の嫉妬がほどけていく過程にあると私は考えます。
玲琳の笑顔は、ただの強さではありません。
病と死の近くで生きてきた少女が、それでも世界を祝福しようとする灯りです。
慧月の変化は、ただの改心ではありません。
誰かを妬んできた心が、初めて誰かの痛みを知って震える過程です。
この二つが丁寧に描かれるなら、アニメでも作品の魂は届くはずです。
第1〜8巻が読者に刺さる理由は?作品構造から考える
『ふつつかな悪女ではございますが』の入口は、とても分かりやすいものです。
愛される雛女と、嫌われる雛女が入れ替わる。
その瞬間、読者は「立場逆転」「冤罪」「悪女」「後宮」という強いフックに引き込まれます。
けれど、読み進めるほど、この作品は復讐の快感だけで動いていないと分かります。
玲琳は、傷つけられたから相手を破滅させたい、という方向へ進みません。
慧月も、悪事をしたから罰を受けて終わり、という人物ではありません。
二人の間にあるのは、加害と被害だけでは語り切れない複雑な感情です。
嫉妬。
羨望。
孤独。
罪悪感。
尊敬。
友情。
それらが、細い糸のように絡まり合っています。
第1〜4巻では、その糸が雛宮の中でほどかれていきます。
第5〜8巻では、ほどけた糸が今度は外の世界へ結び直されていきます。
この二段構えが、作品を強くしています。
単なる入れ替わりものなら、身体が戻った時点で大きな山場は終わります。
でも『ふつつかな悪女ではございますが』は、身体が戻った後にも問いを残します。
相手を知った後、自分はどう生きるのか。
自分の悪評とどう向き合うのか。
自分たちの外側にいる人々の痛みを、どう見つめるのか。
第1〜8巻の読み応えは、ここにあります。
そして、私が特に美しいと感じるのは、玲琳の「明るさ」が物語の倫理になっている点です。
彼女は正論で人を従わせるのではありません。
健康な身体を喜び、働けることを喜び、人のために動けることを喜ぶ。
その異様なまでの生命感が、周囲の価値観を少しずつ変えていく。
あの瞬間、玲琳の笑顔は勝利の合図ではなく、暗い部屋に置かれた小さな燭台のように見えます。
考察:本質は「身体の交換」ではなく「まなざしの交換」にある
『ふつつかな悪女ではございますが』第1〜8巻の本質は、「身体の交換」ではなく「まなざしの交換」にあります。
玲琳と慧月は、互いの身体で生きることで、互いが浴びてきた視線を知ります。
玲琳は、慧月が受けてきた嫌悪、軽蔑、疑いの視線を知る。
慧月は、玲琳が受けてきた期待、愛情、病弱な身体に閉じ込められる苦しさを知る。
相手になるとは、相手の見ていた世界を知ることだけではありません。
相手が世界からどう見られていたかを、自分の肌で知ることでもあります。
だから、この作品の入れ替わりは単なるドタバタや復讐装置では終わりません。
少女漫画的な倫理の深さが、そこにあります。
人を理解することは、すぐに許すこととは違います。
慧月がしたことは、簡単に「仕方なかった」と流せるものではありません。
でも玲琳は、断罪だけでは届かない場所を見ようとします。
そのやわらかさが、作品全体を支えています。
第5〜8巻の外遊編では、この“まなざし”がさらに外へ広がります。
朱家の南領。
邑の人々。
痢病。
豊穣祭。
茶会で流れる噂。
物語の問題は、個人の嫉妬や呪いだけでなく、土地、共同体、情報、権力のゆがみにまで広がっていきます。
玲琳と慧月が成長するということは、二人だけの関係が深まることではありません。
自分たちの外側にいる人々の痛みを、どう見るかという問題に変わっていくのです。
私はここに、第1〜8巻をまとめて読む価値があると感じます。
第1巻だけなら、玲琳の鋼メンタルに驚く物語として読めます。
第4巻まで読むと、慧月の嫉妬と呪いの構造が見えてきます。
第8巻まで読むと、二人の変化が後宮の外の世界へどう作用するのかが分かります。
物語の射程が、個人から関係へ。
関係から社会へ。
社会から、もう一度個人の心へ戻ってくる。
この往復運動こそ、『ふつつかな悪女ではございますが』第1〜8巻のいちばん豊かな読みどころです。
まとめ:第1〜8巻は第一幕と第二幕を味わえる大きな区切り
『ふつつかな悪女ではございますが』第1〜8巻は、黄玲琳と朱慧月の入れ替わりから始まり、第一幕の決着、そして第二幕「はじめての外遊編」の決着までを読める範囲です。
第1〜4巻では、雛宮で起きた入れ替わり事件、冤罪、呪い、朱貴妃、皇后の病が描かれます。
第5〜8巻では、朱家の南領を舞台に、豊穣祭、誘拐、邑の事情、痢病、茶会での情報戦、そして第二幕の反撃と決着が描かれます。
初めて読むなら、第1巻から順番に進めるのがもっとも自然です。
アニメ前の予習としては、第4巻までで作品の核をつかみ、第8巻までで外遊編の大きな区切りまで味わえます。
玲琳の明るさは、ただの前向きさではありません。
死の近くにいた少女が、それでも生を喜ぶ強さです。
慧月の変化は、ただの改心ではありません。
誰かを妬んできた心が、初めて誰かの痛みを知って震える過程です。
第1〜8巻を読み終えたとき、きっと読者は気づくはずです。
これは身体が入れ替わる物語でありながら、本当は、他人の痛みを自分の中に迎え入れる物語なのだと。
よくある質問
『ふつつかな悪女ではございますが』第1〜8巻はどこまでの内容ですか?
コミック第1〜4巻で第一幕の入れ替わり事件と呪いが大きく決着し、第5〜8巻で第二幕「はじめての外遊編」が決着します。
第8巻には、中村颯希先生の書き下ろしSSと、第三幕へつながる序章も収録されています。
第5巻から読んでも分かりますか?
第5巻から第二幕に入るため、外遊編の事件そのものは追えます。
ただし、玲琳と慧月の関係変化、朱貴妃の呪い、慧月が背負う悪評の重みを理解するには、第1巻から読む方が自然です。
アニメを見る前に何巻まで読むべきですか?
まず第1巻から第4巻まで読むと、入れ替わり事件と第一幕の決着まで分かります。
さらに第8巻まで読むと、第二幕「はじめての外遊編」の決着まで追えるため、アニメ前に作品の流れを深く知りたい人には第1〜8巻がおすすめです。
第8巻で第二幕は完結しますか?
はい。コミック第8巻では、第二幕「はじめての外遊編」が決着します。
巻末には中村颯希先生の書き下ろしSSと、第三幕へつながる序章も収録されています。
第8巻に特装版はありますか?
あります。第8巻は通常版と特装版が発売され、特装版には小冊子が付属します。
小冊子には、尾羊英先生の描き下ろし漫画や、初公開「四十話」のネームに中村颯希先生のコメントが入った内容が収録されると案内されています。
ただし、在庫や電子版の有無、価格、特典内容は変わる場合があるため、購入前に各販売ページで最新情報を確認してください。
TVアニメはいつ放送開始ですか?
TVアニメ公式サイトでは、2026年7月12日(日)23時45分よりテレ東系列で放送と案内されています。
放送日時や配信情報は変更される可能性があるため、視聴前には公式サイトや番組表の最新情報を確認してください。
参考情報と確認日
本記事は、2026年7月4日時点で確認できたTVアニメ公式サイト、一迅社WEB、BookLive、コミックシーモア、ebookjapan、コミックナタリー、一迅社Comic ZERO-SUM編集部ブログなどの情報をもとに構成しています。
巻数、価格、特装版、電子版特典、在庫、配信状況、アニメ放送日時は変更される場合があります。購入・視聴前には、必ず公式サイトや各販売ページの最新情報をご確認ください。
- TVアニメ『ふつつかな悪女ではございますが ~雛宮蝶鼠とりかえ伝~』公式サイト
- コミックシーモア『ふつつかな悪女ではございますが ~雛宮蝶鼠とりかえ伝~』第4巻
- BookLive『ふつつかな悪女ではございますが ~雛宮蝶鼠とりかえ伝~』第5巻
- コミックシーモア『ふつつかな悪女ではございますが ~雛宮蝶鼠とりかえ伝~』第6巻
- 一迅社WEB『ふつつかな悪女ではございますが ~雛宮蝶鼠とりかえ伝~』第7巻
- BookLive『ふつつかな悪女ではございますが ~雛宮蝶鼠とりかえ伝~』第8巻
- コミックナタリー「ふつつかな悪女」8巻特装版ニュース
- 一迅社Comic ZERO-SUM編集部ブログ 第8巻発売告知


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